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- 古代エジプトがローマに占領され、エジプトの女王クレオパトラは、ローマ将軍ジュリアス・シーザーの愛人となり、その後はアントニウスに身を任せるようになるのですが、あるとき、彼女はアントニウスを喜ばそうと、豪華な宴を開きました。
しかし、美食に慣れたローマ人にはたいしたご馳走でもなく、アントニウスは喜ぶどころかがっかりしたようすをちらつかせました。そこで、クレオパトラは召使に酢の入った杯を持ってくるように命じました。彼女は身に付けていた真珠のイヤリングの片方を、その酢の入った杯の中に投げ入れ、真珠が酢に溶けるとそれを杯に注いで「ローマとエジプトの繁栄のために!」と乾杯したのにです。
その真珠は世界で最古にして最大のもので価値にして相当なもだったので、さしものアントニウスもこの大胆な接客表現にびっくり仰天。彼女がもう片方のイヤリングモ杯に入れようとすると、「ワタシの負けだ」とアントニウスは叫び、それを阻止したといいます。
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"ホープ真珠"はその来歴がまったく不明で、伝えられるところでは、発見されたときはあまりの大きさで一部が貝殻に接触したままで、切り離してやっとの思いで取り出したということです。1839年、ロンドンで巨万の富を成した銀行家ヘンリー・フィリップ・ホープが収集した宝石コレクションのひとつ
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インドのムガール帝国からペルシヤに渡り、中国の乾隆帝に贈られたもので、後に大清帝国第9代皇帝后の西太后がこの真珠を手にしました。ヒスイ、トルマリン、オパールを使って巨大な形の作品を作らせ、タッチストーン(お守り)として常に身につけていたといわれています。
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- 真珠の伝説
愛と美の女神アフロディーテがみのらぬ恋に破れ、深い悲しみに流した涙が海に落ちて、彼女に恋い焦がれていた海の神ポセイドンがそれをそっとすくい、貝に納めておいたところそれが真珠になったということです。
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- 月の雫 ・・・ 人魚の涙ともよばれています。
知ってトーク ・・・ 6月の誕生石蟹座の守護石
宝石言葉 ・・・ 健康、富、処女性
宝石の性格 ・・・ 女性らしさと優雅
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- - 生命の神秘 -
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左の画像の貝が一般的に和珠と呼ばれる真珠を養殖する母貝のアコヤ貝で、殻長約8cm位です。その体内から人魚の涙のように零れおちた真珠は言葉では表せないほど神秘的に輝いています。 |
- 何世紀もかけて 宝石職人達は、この硬い石をどうにかカットしようと研究を重ね、いろんなカット方法を試みてきましたが、誰ひとりとしてダイアモンドを磨くことに成功するものはいませんでした。十五世紀の終わり頃、ベルギーの宝石職人ベルクェムは親方の美しいひとり娘に恋をしてしまいました。そして親方に娘との結婚を申し入れたのですが、足が不自由で貧しく風采もあがらぬベルクェムに、親方が美しい娘との結婚を許すはずもなく、しかし腕ききの職人ベルクェムを手離すわけも行かず、親方は「もしお前がダイアモンドを磨くことに成功したなら、娘との結婚を許す」とベルクェムに難題を出したのです。しかし美しい親方の娘に対する熱き思いを秘めたベルクェムの長い年月にわたる血の滲むような苦労の結果、ついに西洋の諺として残る「diamond
to diamond」「ダイアモンドはダイアモンドによって磨かれる」方法を見つけ出しました。
- そして、それまでベルクェムとの結婚をいやがっていた親方の娘の固い心も、一生懸命何年もあきらめることなく、苦心し続けるベルクェムの後姿に尊敬から愛に変わったそうです。
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- 南アフリカのプレミア・ダイヤモンド鉱山で発見された。原石の大きさは3106カラット(621・2グラム)女性の握り拳と同じくらいの大きさになるという。1905年の11月のある日、鉱山の現場監督が採掘穴のなかで輝いている塊を発見する。その塊は鉱山の所有者であるトーマス・カリナンの名をとり「カリナン」と名付けられ、時のイギリス国王エドワード7世に献上されることになる。カリナンはいくつかに分割カットされるため、世界最大のダイヤモンド研磨工場であるアムステルダムの「エクセシオール・ダイヤモンド」に運ばれた。この日から、英国王に献上する世界最大のダイヤモンドをカットする役目を負ったヨセフ・フィッシャーの苦悩の日々が始まる。フィッシャーは数カ月もの時間を投入し、いかに原石をカットするかを研究し、ついに発見から2年半後の1908年の2月、ダイヤモンドの劈開性を利用し、ダイヤモンドに鋼鉄のナイフを当て、そこへ鎚を振り下ろし、9つの大きなダイヤモンドと96個の小さなブリリアントカット石に分割することに成功した。分割された9つの石にはカリナン氈`ァの番号が与えられ、は国王の王冠に飾られている。
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- エメラルドは、スペイン語で“エスメラルダ”、フランス語では“エメロード”と呼ばれ、クレオパトラの愛した宝石としてあまりにも有名です。クレオパトラは自分のエメラルド鉱山を持っていたと言われ、近年エジプトでその鉱山が発見されています。
- 鉱物的にはベリル(緑柱石)と呼ばれ、緑色を含んだベリルを“エメラルド”、淡青色(水色)のものを“アクアマリン”、ピンク色のものを“モルガナイト”、そして黄緑色のものを“ヘリオドール(ゴールデンベリル)”、無色透明のベリルを“ゴッシェナイト”と呼びます
- エメラルドと人間に欠点のないものはない”と言われますように、内包物やワレやヒビが多いのが特徴です。内包物であれば、気にしなくて良いのですが、“ひび”や“割れ”であれば、これらが引き金となってチョットした衝撃で割れることもあります。色はエメラルドグリーンに象徴されますように、冴えた鮮やかな緑色で深みがあり、透明感のあるものが最高とされています。薄くなったり濁ったり黒ずんだ緑色は、あまり良いとはいえません。光沢は宝石の命ですから、俗に言う“テリ”があるものが良いとされます。キャラットは、比重が五大宝石の中では最も軽く、同じ1ctでもルビーやダイアモンドに比べて大きく見えます。硬度は7.5〜8、靭性は5.5と衝撃に弱く、割れ易いので取扱には十分注意して頂きたい宝石です。また熱や酸にも弱いので、ストーブや温泉にも注意して下さい。特に熱には注意が必要で、一般にエメラルドは原産地で山キズ(ガサ・モッシーともいう)と呼ばれる欠点をカバーするために、セダー油処理という人工処理をしているため、熱によってエメラルドのオイルが流れおち、色が薄色となることもあるからです。有名なローマ帝国の暴君ネロはエメラルドで作ったメガネをかけ、コロシアムでくり広げられる剣闘士たちの戦いを楽しんだといわれますが、古代ローマの宝石職人は目が疲れるとエメラルドを見つめ、疲れをいやしたそうです。また、胃腸病・その他あらゆる病気を防ぐ『魔よけ』とされたり『安産』のお守りとしても大切にされていました。コロンビア産のエメラルドの中には、宝石顕微鏡で見ると三相インクルージョンと申します三つの種類の内包物が見られまして、そのひとつの内包物に塩の結晶が含まれていることがあるんですが、それは三十億年程前は、今のコロンビアのエメラルドがとれる山は海の底だったと考えますとロマンを感じますね。
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- 古いアラビアの神話の中に「地球の空はサファイアでできている」と書かれているそうですが。
- 昔、ペルシャ人は空の青さはサファイアが空に反映していると考え、ギリシアのアテネに生まれたフランスの詩人ジャン・モレアスは「私は東洋のサファイアのやさしさをたたえた海の辺りに生まれた」と故郷の海を表現しています。
- 「鮮やかなエメラルドは草むらに光り、清らかなサファイアは海に溶ける」とうたったイギリスの詩人もいます。サファイアは古くから“徳望”と“誠実”“慈愛”のシンボルとして大切にされ、中世のローマ法王庁の聖職者はすべてその右手にサファイアの指輪をはめていたと言われています。 そしてエメラルドの目にしみる緑が目のくすりとして使われたように、サファイアもその澄みきった青さを珍重され、目のくすりとしてもつかわれたそうです。
- 中世十字軍の時代の兵士たちにとって、彼等が出征して留守の間、妻の不倫は、妻を信じるしか解決方法はありませんでしたが、妻の言葉だけでは安心して戦いに出てゆけない十字軍の男達は、貞操帯を妻につけさせ、不倫をしたら色が薄くなると言われた“サファイア”をその貞操帯に埋め込んで出征したという話もあるそうです。ロシア皇帝イワン雷帝は、「眺めていると勇気が出て、心によろこびが溢れ身体中の感覚が生々としてくる。また、目にもよく視野がハッキリする。充血がおさまり、筋肉がつよくなる。」とサファイアの効用を表現しています。
- サファイア、ルビーのふたつの宝石は、鉱物学的に申しますとコランダムと呼ばれる鉱物で、微成分の含有の差によって赤い色のついたものをルビー、それ以外の無色からブルー・ピンク等のものをサファイアと呼んでいます。
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- ルビーの語源は、ラテン語の“ルーベル”からきていて、その意味は「赤い」。現在の鑑別技術で当時の“ルビー”を見ると、スピネルであったりガーネット、レッドトルマリンだったりということも多い。イギリスの「ブラックプリンスのルビー」と呼ばれる有名な大粒のルビーは、十四世紀半ばのスペイン王ペトロが、イギリスのブラックプリンスエドワード皇太子に勝利のお礼として贈ったものです。後にヘンリー五世が王冠の中央につけて戦いへ出陣し、危ないところをこのルビーの発したひとすじの輝きに助けられ、勝利を収めたという伝説の有名なルビーです。
- それ以来、このルビーはイギリス王冠の中央にはめこまれ、真下にはめ込まれた、世界第二のビッグなダイアモンド“カリナン”(上記説明あり)とともに今に至っていますが、これが鑑別の結果実は“スピネル”だったことが明白となっています。
- 古代インド人は、ルビーの紅はその石の中に燃えさかる不滅の炎のせいで、赤くなると考えていました。プリニウスも「ルビーは不思議な石だ、内に秘めた火のような情熱で満ちている、印章に使えば温めずとも、ロウを溶かす」とローマ時代の百科事典の中に書き残しています。
- ノアの箱舟にあった唯一の明かりは、大きなルビーだったともいわれています。
- ある種のルビーは紫外線をあてると“真赤”な蛍光性を発揮し、それは暗い部屋の中で周囲を照らし出す程の明るさがあるそうです。ビルマと言えば最良品質のルビーが産出する国として有名ですが、こんなロマンチックな伝説が残っています。それは、二千年ほど前に一匹の大蛇がその地方にあらわれ、三つの卵を産み落としました。ひとつめの卵からはルビーが誕生し、それからその地方でルビーが産出するようになったというお話です。
- ルビーは古代から不老長寿の薬、いろんな毒から身を守る、愛の疑いと嫉妬の心を取りさってくれる力がある、戦いのお守りと、いろんな効用のある神の宝石として珍重されてきました。
- 古代エジプトがローマに占領され、エジプトの女王クレオパトラは、ローマ将軍ジュリアス・シーザーの愛人となり、その後はアントニウスに身を任せるようになるのですが、あるとき、彼女はアントニウスを喜ばそうと、豪華な宴を開きました。しかし、美食に慣れたローマ人にはたいしたご馳走でもなく、アントニウスは喜ぶどころかがっかりしたようすをちらつかせました。そこで、クレオパトラは召使に酢の入った杯を持ってくるように命じました。彼女は身に付けていた真珠のイヤリングの片方を、その酢の入った杯の中に投げ入れ、真珠が酢に溶けるとそれを杯に注いで「ローマとエジプトの繁栄のために!」と乾杯したのにです。その真珠は世界で最古にして最大のもので価値にして相当なもだったので、さしものアントニウスもこの大胆な接客表現にびっくり仰天。彼女がもう片方のイヤリングモ杯に入れようとすると、「ワタシの負けだ」とアントニウスは叫び、それを阻止したといいます。
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参考文献・・・「困ったときに開く本」長勝盛
「宝石の常識」
「ランクアップのジュエリー」
「宝石ものがたり」山中茉莉
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